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2020年8月

2020年8月27日 (木)

愛猫が乳がんに罹った話 その10【永いお別れ】

みなさん、こんにちは。

お久しぶりです。

1年半くらい経ってしまいました。

 

ずっと更新しなきゃなあと思いながらも、

更新する気持ちが整うまで時間が掛かりました。

 

タイトルからお分かりになるかと思いますが、

ママはもうこの世にいません。

 

2019年1月3日、ママは遠くに行ってしまいました。

もう1年半が経過しましたが、

今こうやってブログを書いていても、

涙が出てきます。

 

でも、ちゃんと最後のご報告をしたいと思います。

 

ママは最後、肺がんで逝ってしまいました。

肺がんが分かったのは2018年12月の中旬のことです。

その1ヶ月くらい前からでしょうか、

ママの呼吸がおかしいような気がしていました。

以前と比べて、

呼吸のたびにおなかの部分が大きく波打っているような、

そんな気がしたのです。

 

夫にも聞いてみたのですが、

「年を取って前より痩せてるからそう見えるだけだろう」

そう言うので、

私も多忙だったため、見て見ぬふりをしてしまいました。

 

ですが、

正直、その時点で嫌な予感はしていました。

肺に来ちゃったかな

そう思いました。

そして、肺に来てしまっていたら、

もう長くはないこともよく分かっていました。

だから、できるだけ気付かないふりをしたかったのかもしれません。

 

ですが、12月の中旬になって、

ママの食欲が突然落ちてきました。

呼吸も明らかにおかしくなっています。

もうごまかしがきけない状況なのは確実で、

その日すぐにママを病院に連れて行きました。

ママの乳がんを手術してくれた病院です。

 

結果は、肺に転移して肺に水が貯まっている、とのことでした。

予想通りでした。

そして、これからどんどん肺に水が貯まり、

最後は猛烈に苦しんで死ぬことになるだろう、

決して美しい最期にはならない、

そうも言われました。

 

乳がんの手術から3年半、

油断していたのは確かです。

永遠にママとの幸せな日々が続く、

そう信じたかったんです。

でも、やはり猫のがんは怖いですね。

確実にママの体を蝕んでいました。

 

私が今回も病室で泣き崩れたのは言うまでもありません。

最初は、

「もう少し早く連れてきてくださいよ」

と私に批判的だった先生も、

私のあまりの号泣っぷりに、

「まだできることはありますよ、

 この子の最期をどうするか、決めてあげてくださいね」

と言葉を掛けてくれるくらいでした。

 

ママの最期をどうするか。

まず帰宅してすぐに、酸素テントの手配をしました。

レンタルです。

酸素テントを扱っている業者は、

動物病院が紹介してくれました。

病院からも業者に連絡を入れてくれていたようで、

電話をしたらすぐに話が通りました。

 

手配して翌日には届けてくれました。

配達してくれた業者さんも猫好きだそうで、

「きっと楽になりますよ!」と言ってくださいました。

 

ママのためにレンタルした酸素テントは、

テルコムという会社のものです。

Img_1666

ママは小柄だし、ケージは小型で十分でした。

アクリル板でできたケージに、

酸素濃縮器がついています。

部屋の中に運び入れて思ったのは、

意外に大きい、そして、意外にうるさい

でした。

 

夫が寝ているベッドの横に設置したのですが、

神経質な人は寝られないと思います。

ずっと、シューッ!ブスン!シューッ!ブスン!

とかなり大きな音で鳴り続けています。

 

ですが、酸素テントの中に入ったママはかなり楽になったようで、

食欲も回復しました。

もともとかなりおとなしい子なので、

酸素テントの中に入れても、

出せこの野郎!と騒ぐこともありません。

むしろ、他の連中が

「なにこれなにこれ!」とうるさかった・・・・・・。

Img_1665 Img_1691 Img_1715

ほんの数分、抱っこしたいがために出すこともありましたが、

抱っこが終わると、自分からテントの中に戻っていきました。

テントの中にいれば苦しくないと分かっていたのでしょう。

 

ですが、

だんだんテントの中にいても苦しそうな様子を見せるようになり、

食欲は衰え、

あっという間にガリガリに痩せてしまいました。

Img_1673 Img_1709

胸水がどんどん貯まっていったのでしょう。

もちろん、病院で胸水を抜くこともできました。

往診して胸水を抜いてもらうこともできたでしょう。

でも、

抜いてもどうせすぐ貯まる、

胸水を抜かれることそれ自体もつらいでしょうから、

私たちはママを病院につれては行きませんでした。

肺がんを診断してくれた先生以外にも、

レントゲン写真を見てもらいました。

ですが、

やはり、「もう無理だよ」との診断でした。

無理ならば、できるだけ苦しめたくない、

治療を続けることでママがもっと苦しい思いをするなら、

それは人間のエゴでしかないだろう、

それが私たち夫婦の結論でした。

 

変な話なのですが、

夫と治療法を話し合って、

「ママ、それでいい?」とママの方を見て聞いたら、

「ウン」ってママが答えたんですよね。

ママは優しい子だったから、

私に気を遣ってくれたのかもしれませんが、

ママがそう答えてくれたから、

私は迷いを捨てることができたように思います。

 

がんが見つかって2週間後、

2019年1月3日、

ママは私たち家族に見守られて静かに旅立っていきました。

最後までママは私の大親友で、

そして、唯一の理解者だったと思います。Img_6671

 

ママの最後はあれでよかったのか、

もっとやるべきことはあったのではないか、

あれからずっと考え続けています。

でも、

あれだけの初期の段階で乳がんを見つけられたこと、

皮膚がんも乗り越えたこと、

猫としては十分頑張ったし、

私も頑張れたんだよなとも思います。

 

猫って、

声が聞こえる猫と聞こえない猫がいるんです。

どんなにかわいがっていても、

声が聞こえない猫もいます。

でも、ママは私にとって

「声が聞こえる猫」でした。

 

私はいつも、ママと延々会話していました。

「ねえママ、どうすればいいと思う?」

そう聞くと、ママはいつも、

「また悩んでんのかいな、ほんま、おねいさんはしゃーないなあ!」

と私を叱咤激励してくれました。

 

毛皮を着替えて戻ってきてくれると信じていますが、

「今はコロナだからあかんねん、国境越えられへんわ」

という声が私には聞こえます。

きっと今ごろは、

3回もがんを患った体から抜け出して、

自由にヨーロッパあたりを飛び回っているんでしょう。

 

正直、会いたいです。

一生に一度会えるか会えないか、の子だったと思います。

でも今は、4匹の猫たちに囲まれて、

またこいつらがほんと手が掛かるので、

さみしさは紛らわせることができている、かな。

 

子どものころから猫と暮らしていて、

がんに罹患した猫は、ママが初めてでした。

長生きするようになって、がんに罹る子も増えているようですね。

 

早期に発見することが難しいがんもあります。

でも、乳がんは見つけられる、私はそう思います。

そして、早期に見つけて適切に対処すれば、

ママのように3年半生きることもできるのです。

たった3年半?!って思うかもしれませんが、

乳がんは手遅れの状態で見つかれば、

数ヶ月、場合によっては数週間で死んでしまうことだってあったんです。

それを思えば、

ママはかなり長生きした方です。

本当にママは小さい体で頑張ってくれました。

 

自分よりも小さい存在が病に苦しむ姿を見るのは、

本当につらいです。

少しでもつらい思いをさせないように、

みなさんも、

猫のがんに意識を向けていただけたらな

そう思ってこのブログを書きました。

 

最後に。

ママに買ってあげた最後のクリスマスプレゼントは、

リサ・ラーソンの電気毛布でした。 

Img_1633

ママ、気に入って使ってくれてたよね。

あああああ、こうやって改めてみても、

ママ、めっちゃかわいいなあ!!!!!!!!

ほんま会いたい!

早く帰ってきて!!!!

 

ママの忘れ形見、フクちゃんが、

ママがいなくなったら精神的に落ち込んだらどうしよう、

ママだけでなくフクちゃんまで失ったらどうしよう、

そう心配していたのですが、

Img_6650

大丈夫ですね・・・・・・。

 

男連中と一緒に、元気にやっています。

ママに顔がそっくりなので、フクちゃんがいてくれると

ママがそばにいるような気がしています。

Img_6331 Img_6622

 

さて、これでママの闘病記は終わりです。

読んでくださってありがとうございました。

 

また記事を更新することがあるのかないのか分かりませんが、

みなさんが大切な相棒と幸せに暮らしていくことを

願っています。

そしてもちろん、

この世から迷い猫がいなくなることも願っています。

 

あの時フクちゃんが見つからなければ、

今もそう思います。

本当によく帰ってきてくれた、そう思います。

でも、

フクちゃんを無事に家に戻すことができたのは、

適切な捜索方法をとったからだ、

そうも思っています。

適切な捜索方法をとっても迷子になった猫が戻るとも限りません、

でも、

適切な方法をとることで、

戻る確率が上がることも確かです。

 

まずは、猫を迷子にしない

これは大前提です。

いまだに、リードを使って散歩していたらリードが外れた、

旅行に連れて行ったら車から飛び出した、

こんな事例を耳にするので呆れています。

 

だから、猫を家の外に出すなって言ってんだろ?!

家の外に連れて行きたいなら、犬を飼ってください。

犬もかわいいですよ。

 

そして、うっかり迷子にしてしまったのなら、

適切な捜索方法にすぐに着手する

これが大切です。

そのうち帰ってくるだろう、じゃねえんだよ!

帰ってこないことを考えてすぐに動くことが大切です。

 

詳しい捜索方法は当ブログをお読みください。

 

では、この辺で。

みなさんが幸せでありますように。

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